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殿堂入り

昨日、JRA60周年記念事業で投票頭数拡充の分、という事はあるのかもしれませんがエルコンドルパサー号(2代目)が顕彰馬に選定。

エルコンドルパサーは99年の「通年海外遠征」で年度代表馬に選定された際も大揉めに揉めた選定でしたが、今回も選定まで数年を要する状況。馬主さんが何が何でもサドラーズギャル(エルコンドルパサーの母)を購入したかったエピソードが2004年頃に発売された「競馬事件史 これが真実だ!」という文庫本で合田直弘さんの執筆で書かれていましたっけ。
海外遠征も当初は2000m路線へ進む予定がフランスで預託した調教師が「2400mも問題ない」と言ってサンクルー大賞へ進んだ話など、興味深い記事だった記憶があります。


個人的には1998年のジャパンカップで「母父サドラーズウェルズなら2400mも問題ない」と本命にして結構いい配当を取ったのが一番記憶に残りますね。父から距離不安を指摘されていましたから。

※以降旧年齢で書いていますので、今の年齢に即するには1歳差し引いてくださいませ。

レースっぷりも東京のダートマイル戦で殿一気で勝ってみたり、旧4歳時は差しのイメージが強い馬でしたが、海外遠征時はスピードが有り余っていたからなのか逃げ・先行のイメージがありましたっけ。
当時外国産馬は日本ダービーなどクラシックには出走できない規定だったので、「伝説の毎日王冠」もそういう規定が早めに改定されていたら「逃げて差すサイレンススズカのベストパフォーマンス」もなかったのかもしれません。

よしだみほさんの漫画でネタにされていますが、共同通信杯4歳Sのダート変更グラスワンダー休養中で一躍4歳マル外路線の主役に抜擢されたり4歳春はこの馬の流れになった事、個人的には古馬になってもう一皮剥けたスペシャルウィークと99年のジャパンカップで戦って欲しかったですね。凱旋門賞でエルコンドルパサーを破ったモンジューが来日しましたが、当時の「外国馬主力によくあること」で馬券圏外の4着。

もし今の規定だったら日本ダービーでもっと早く2400mへの適性を見せていたのかもしれません。スペシャルウィークが98年のジャパンカップでは武豊騎手騎乗停止中で岡部幸雄騎手への乗り替わりや菊花賞から中2週での参戦など決して万全ではなかったかもしれないローテ(それを言えばエアグルーヴも中1週ですが)だったので、クラシックで早くから激突があったらどうなったんだろうなぁ・・・時代に恵まれ、時代に恵まれず。両極端な1頭でした。
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